Monument Valley

  • 2010.06.19 Saturday
  • 20:09
JUGEMテーマ:海外生活

今日は、BlandingからMonument Valleyを目指します。261号線を南に下ったんですが、このルートは途中、Moki Dugwayと言う、ちょっとスリリングな道が待ち受けています。
Utah途中までは、普通の道なんですが…

Utahだだっ広い広野だと思って走り抜けると…

いきなりキャニオンのてっぺん!
Utah

ここから、下のほうに見える道までくねくねと降りるんですが、山道なのにガードレールが無く、かなりスリリングで途中ヒャーヒャー叫んじゃいました。
Utahしかも、この頂上から地上までの道は、アスファルトではなく、砂利道。

Utah道幅も、2台がやっとって感じで、大きい車とすれ違う時はヒヤッとします。これは、まだちょっとだけ降りた地点。

地上に降りてから、またしばらく走って、ようやく今日の目的地、Monument Valleyが見えて来ました。
Monument Valley Monument Valley

映画でしか見たことのなかった風景を間近で見るのは、不思議な感じでした。
Monument Valley
Monument Valley

さて、今夜の宿Quality Inn Navajo Nationは、Navajo(ナバホ)の地、Tuba Cityにあるのであまり期待していなかったんですが、なんとお部屋もサービスも良かったですよ!RVも宿泊出来るようになっているので、この辺に来る人、RVで旅している人にもお勧めです!
qyality inn

quality innロビーのコーヒー・サービス♪

quality innお部屋は、十分すぎるほど広かったです。

quality inn廊下の所々に描かれている絵も、雰囲気があって良いです。

quality inn市内のレストランはやはり期待出来ないので、今夜はKFCです。私は、アメリカに来て初・KFC!!左下のは「何だろう?」と思っていたら、マッシュポテトのグレービーソースかけでした。このセットで$7ほど。

ところで、ここはNavajo Reservationだから当然なんでしょうが、白人はほとんど見かけず、見るのはインディアンばかりです。アメリカに来てから、こんなにたくさんインディアンを見たことが無かったので、ちょっとビックリ。

ちなみに、アリゾナは夏時間を採用していないんですが、このNavajo Reservationは、アリゾナ内でも夏時間を採用しています。寝る時間になって、部屋の時計が一時間進んでいることに気が付いて、あららって感じ。どこかで、一部のインディアンが夏時間を採用してるって読んだことがあるけど、ここだったのね!Tuba Cityへ行く人は気を付けましょう!!

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  • 2020.05.15 Friday
  • 20:09
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    コメント
    こんにちわ、お久しぶりです
    先月はどうもありがとうございました!

    旅行も楽しそうでなによりです。私も一緒に楽しませてもらっています^^
    同じアリゾナなのになんだか全然違う感じでおもしろいですね。
    我が家は明日からロスに行ってきます。
    それではまた♪
    • レモン
    • 2010/06/22 12:05 AM
    >レモンさん
    アリゾナも広いですね!色々発見もあって、面白い旅でした。

    家族旅行、楽しんで下さいね。LAから戻ったら、またランチでもしましょう♪
    • cactus
    • 2010/06/22 8:47 AM
    なんだか映画「未知との遭遇」に出て来る様な風景でやんすねw夕食にケンタをシバくんはチト寂すぃ〜気も致しやすが、場所が場所だけに致し方ないざんすねーw「Reservation」の悲劇は19世紀に入り「インディアン強制移住法」を制定した第7代・アンドリュー・ジャクソン大統領によって、「保留地制度に基づく強制移住に従わないインディアン部族は絶滅させる」とする「インディアン絶滅政策」が推し進められたからざんすー。これを第18代・ユリシーズ・グラント大統領や、ウィリアム・シャーマン将軍らが更に強化し、民族虐殺の戦火はさらに西部へと拡大でやんすわ。南東部での「セミノール戦争(フロリダ戦争):第三次まで」は、白人対フロリダ・インディアン・スミノール族との国家間戦争としては最大級のもので、第一次でジャクソンは、この戦いに焦土作戦による徹底殲滅を図ったんでやんす。「セミノール戦争」は現在、「インディアンのベトナム戦争」と呼ばれておりやす。でっ、「チェロキー族の涙の旅路」は1938年に、厳しい冬の時期を陸路で、しかも多くの者は徒歩で1,000kmもの旅をさせられたために1万2,000人のうち8,000人以上が死亡しやした。のちにインディアンの間では、この悲惨な事件を「涙の旅路(Trail Of Tears)」と呼ぶようになったんざんす。又、「ナバホ族の涙の旅路」は1862年、キット・カーソンによる殲滅戦に降伏したナバホ族が、300マイル(約483km)以上離れたボスケ・レドンド(Bosque Redondo)という灼熱不毛の地に徒歩で強制移住させられやした。 険しいサングレ・デ・クリスト山脈を越え、ニューメキシコ州をほぼ完全に横断するかたちのこの旅路は「ロング・ウォーク」と呼ばれており、彼らはそこで農耕を強制されやしたが、やせた砂漠の土地での農耕なんぞは不可能でやんすわー。そんで、現在の保留地に戻ったんざんすが、この往復で多くの犠牲者が出たんは言うまでもありやせん。北米のエスキモー族、ハワイのミクロネシア族、オーストラリアのアボリジニ族、ニュージーランドのマオリ族なども似たり寄ったりの悲劇の上に今日があるんざんすーwアンカレッジではモンゴロイド系のイヌイット達がアルコール依存症で街をフラつくのを見るにつけ、同じモンゴロイドとして、悲しい思いをしたのを記憶しておりやすー。Reservationの歴史、長くなってまって、えろーすんまへ〜ん!
    • 鳳山
    • 2010/06/22 3:18 PM
    >鳳山様
    もともとインディアンが住んでいた土地なのに、後からやってきた白人が何で大きな顔してるの?って、すごく疑問。
    まぁ、彼らはMonument ValleyでもGrand Canyonでも、ちゃっかり商売してますけどね。カジノを建てられる特権もあるし、今となっては、インディアンは結構優遇されてるんじゃないかなとも思います。
    • cactus
    • 2010/06/23 10:30 AM
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